4月22日(水)晴れのち曇り
スーザン=ボイルさんとポール=ポッツさん
イギリスで始まった、タレント発掘番組で、第1回目の優勝者、ポール=ポッツさん。
彼が、今日朝の番組にゲストで出ていて、彼の今までのハイライトを見たんだけど、彼の素朴な姿に涙が出た。
そして、最近では、スーザンさんっていう47歳の女性が、やはり素晴らしい声で観客を魅了して、そのニュースが何度も出て話題になっている。
ポールさんとスーザンさん、どちらにも共通しているのは、どちらも顔とか容姿が、いわゆる<美形>ではないこと。
だから、ステージに立ったとき、審査員の人達をはじめ、誰もが、『え~、こんな人に何ができるの?』っていう疑いを持たせる。
ところが、一度歌い出したら、本当に素晴らしい声と歌唱力で、審査員の顔がみるみる変わり、唖然として、歌声に聴き入る。その変化が面白い(^ー^)
観客も、感動して、歓声を上げ、立ち上がって拍手を送る。
私も、スーザンさんとポールさんの歌う姿を見ると、つい涙が出てくる。
何度聴いても、見ても泣いてしまう。
二人には、そんな人間としての本物の、何か、不思議な、人を感動させる魅力があると思う。
どちらもとっても素朴なの。
ポールさんは、前歯が欠けてたし(今はプロとして世界中を回っていて、さすがに歯は治してあったけど)。
スーザンさんも、本当に素朴で、47歳まで、年取ったお母様のお世話をしていたということで、結婚を逃して、独身。全然化粧っ気なしで、まゆもげじげじ、ちょっと小太りのおばさん(スーザンさん、失礼)・・・っていう見た目。
でも、それがまた、彼女の魅力であり、個性であり、それだからこそ、注目を浴びたんだよね。
そして、インターネットのユーチューブに載って、世界中の話題になっている。
いいことだわ(nn)
でも、その素朴というかぼくとつさというか、本物の才能が、見る人、聴いている人を動かすんだと思う。美形じゃないから、かえって、それが売り物というんだろうか。。。個性だね。
ポールさんもスーザンさんも、とっても正直で真面目で静か。
ただ本当に歌が大好きな人間、っていう感じで、自分のできることを一生懸命やってるっていう感じ。
歌が上手だということを、ひけらかすために歌うのではなくて、本当に歌を愛しているから、歌っている、っていう感じ。それが伝わってくる。
スーザンさんが、予選で合格をもらったとき、床で足踏みをして、喜んだ姿が、素朴でかわいいと思った。
この二人を見ていると、人間って、どんなことでも、<得意なこと>で、他の人を感動させることができるだなあ・・・って思う。得意なことで、人のためになるんだなあって。。。
『歌を歌うことで、人を幸せにできるんだなあ。。。』(^。^)
『歌だけじゃなくて、どんなことでも、自分のできることで、世の中のためになるんだな、、、』ってあらためて思っているところ。
Sunday, August 30, 2009
14歳の少年
2009年4月5日(日)
チャンネル9の<60ミニッツ>で見たこと
Terry We
14歳の少年、テリー=ウィー君に感動
バスケットボールをして遊んでいたときに、ダンクシュートをしたら、壁が崩れてきて、下敷きになり、両腕、両足が切断され、どうにかくっつけてもらったものの、片方の足だけがうまく機能せずに、切断になった。
が、今は義足をつけて、腕もリハビリをしながらも、他の子達と変わらないくらい活発に動いている。
ダンスやピアノやスポーツなんでもこなす。
将来は、外科医になって、他の人を助けてあげたいと勉強に励んでいる。
考え方がとても前向きで、若いのに、
「僕が怪我をしたとき、他の子も巻き込まなくてすごくラッキーだと思う」
っていう、素晴らしい性格の子で、感動した。
チャンネル9の<60ミニッツ>で見たこと
Terry We
14歳の少年、テリー=ウィー君に感動
バスケットボールをして遊んでいたときに、ダンクシュートをしたら、壁が崩れてきて、下敷きになり、両腕、両足が切断され、どうにかくっつけてもらったものの、片方の足だけがうまく機能せずに、切断になった。
が、今は義足をつけて、腕もリハビリをしながらも、他の子達と変わらないくらい活発に動いている。
ダンスやピアノやスポーツなんでもこなす。
将来は、外科医になって、他の人を助けてあげたいと勉強に励んでいる。
考え方がとても前向きで、若いのに、
「僕が怪我をしたとき、他の子も巻き込まなくてすごくラッキーだと思う」
っていう、素晴らしい性格の子で、感動した。
夕陽と新年



2009年01月06日23:46 ミクシーに載せた日記から
夕陽と新年☆.。.:*☆.。.:
遅くなりましたが、新年のご挨拶。。。。
と言いたいところなのですが、実は、去年の年末に、私の親戚に不幸がありましたので、おめでとうというご挨拶だけは控えさせていただきますね。
ということで、2009年が、皆さんにとって、健康で良い年になりますように。。。
アデレードは西に海があるので、海に沈む夕日がとってもきれい。
ということで、アデレードに来てからの私の年末の恒例は、海岸でその年の最後の夕日に手を合わせて、その年1年のお礼をし、翌年も健康で暮らせるようにとお祈りすること。
2008年の最後の夕日は、グレネルグとブライトンの中間で見ました。
うちから車だと10分くらいのところです。
邪魔する雲もなく、素晴らしい夕日が水平線にくっきりと沈んでいきました。
私達が行ったら、そこにベンチが二つあって、一つの方に、ある年配のカップルが仲良く座って、赤ワインを飲みながら夕日を眺めていました。 ワイングラス片手に、ゆったりとベンチで過ごしていたこのカップル。とってもかっこいいなって思いました。。。。
その方達とおしゃべりしながら、きれいな夕日を眺めることができました。
夕日はだいたい8時33分ごろ沈みました。
気温は、夏だというのに、 16度くらいで、風も冷たかったですが、とにかく美しい夕日でした。
ということで、皆さん、今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
夕陽と新年☆.。.:*☆.。.:
遅くなりましたが、新年のご挨拶。。。。
と言いたいところなのですが、実は、去年の年末に、私の親戚に不幸がありましたので、おめでとうというご挨拶だけは控えさせていただきますね。
ということで、2009年が、皆さんにとって、健康で良い年になりますように。。。
アデレードは西に海があるので、海に沈む夕日がとってもきれい。
ということで、アデレードに来てからの私の年末の恒例は、海岸でその年の最後の夕日に手を合わせて、その年1年のお礼をし、翌年も健康で暮らせるようにとお祈りすること。
2008年の最後の夕日は、グレネルグとブライトンの中間で見ました。
うちから車だと10分くらいのところです。
邪魔する雲もなく、素晴らしい夕日が水平線にくっきりと沈んでいきました。
私達が行ったら、そこにベンチが二つあって、一つの方に、ある年配のカップルが仲良く座って、赤ワインを飲みながら夕日を眺めていました。 ワイングラス片手に、ゆったりとベンチで過ごしていたこのカップル。とってもかっこいいなって思いました。。。。
その方達とおしゃべりしながら、きれいな夕日を眺めることができました。
夕日はだいたい8時33分ごろ沈みました。
気温は、夏だというのに、 16度くらいで、風も冷たかったですが、とにかく美しい夕日でした。
ということで、皆さん、今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
字はなんのために学ぶのか
2008年12月20日20:08 ミクシーに書いた日記から
クリスマスまであと5日。
筆不精な私は、とうとう今年もクリスマスカード、出さずに終わりそうです。
そして、日本の人達にも、年賀状をもう出さないといけないのに、 まだ出していません。
特に、このEメールの時代になってから、益々手書きでカードや年賀状は出さなくなりました。
でも、みんながみんなコンピューターを使っているわけじゃないので、何人かの人達からクリスマスカードをいただいているんですが、こちらからは出していないんです。。。ごめんなさい。
『せめて、、、』と思って、電話はしましたが・・・・
ということで、夕べの<J-Talk>(私もボランティアでプレゼンターをしているラジオ)で、以下のようなお話をしましたので、ここにも載せますね。
このお話も、読むたびに泣けてしまいます。
**********
今夜は、「人間は何のために文字を学ぶのか」 ということについて書かれたあるお話をさせてもらいたいと思います。 これは、作家、三浦綾子さんの 『生きること思うこと』という本の中からの抽出です。 そして、「ニューモラル」という小さな冊子に載っていたものの一部です。
************************************
作家の三浦綾子さんは7年ほど小学校の教師をしていました。 そのときの教え子にK子ちゃんという遅進児がいました。K子ちゃんは「からだ」を「かだら」といい、「うれしい」を「うでしい」と言いました。らりるれろとだぢづでどが、すっぽり入れ替わるのです。
字を覚えるのも遅く、九九も間違えてばかりいました。にこにこしてはいますが、4年生なのに1年生にしか見えませんでした。 K子ちゃんが5年生になるとき、三浦さんは結婚のために退職しました。
しかし、2ヵ月後に肺結核が発病し、療養所に入院しました。 その後何年か三浦さんは教え子たちに慰められ、励まされました。が、療養生活は13年間続きました。
11歳だった子ども達が24歳になるまで寝たわけですから、結婚した女の子も多く、他の地に転じた男の子もある、ということで、見舞ってくれる教え子たちの数も少なくなりました。
そんな中で終始変わらず見舞い状をくれたのは、あのK子ちゃんだったといいます。
K子ちゃんはある商店のお手伝いに住み込んでいて、休みをもらえず、見舞いにくることはできませんでしたが、手紙はよく書きました。
相変わらず、「おかだらをらいじにしてくらさい」 というようなたどたどしい手紙でしたが、それでも長い間には、いつのまにか漢字も少し書くようになりました。とはいっても、小学生のような手紙ではありましたが。
あるとき、三浦さんの母親が病気で倒れたのを知ると、彼女はひまをもらい、二日ほど手伝いにきてくれたことがありました。
三浦さんは書き綴ります。
「そして、その後も、たどたどしい手紙は、私の病気が治るまで続いた。
わたしは彼女の手紙を読みながら、いつも心を打たれ、そして教えられた。
『字はなんのためにあるか』と。
K子は級友のうちで一番成績が悪かった。字を一番覚えていなかった。
しかし、どの級友よりも彼女は数多く、私に見舞い状をくれた。
自分で知っているかぎりの字をかき集めるようにして書いた手紙をくれた。
彼女は字をたくさん知らなかった。
だが、『人はなんのために字を学ぶか』ということだけは、知っていたと、わたしは思った。
<>
クリスマスまであと5日。
筆不精な私は、とうとう今年もクリスマスカード、出さずに終わりそうです。
そして、日本の人達にも、年賀状をもう出さないといけないのに、 まだ出していません。
特に、このEメールの時代になってから、益々手書きでカードや年賀状は出さなくなりました。
でも、みんながみんなコンピューターを使っているわけじゃないので、何人かの人達からクリスマスカードをいただいているんですが、こちらからは出していないんです。。。ごめんなさい。
『せめて、、、』と思って、電話はしましたが・・・・
ということで、夕べの<J-Talk>(私もボランティアでプレゼンターをしているラジオ)で、以下のようなお話をしましたので、ここにも載せますね。
このお話も、読むたびに泣けてしまいます。
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今夜は、「人間は何のために文字を学ぶのか」 ということについて書かれたあるお話をさせてもらいたいと思います。 これは、作家、三浦綾子さんの 『生きること思うこと』という本の中からの抽出です。 そして、「ニューモラル」という小さな冊子に載っていたものの一部です。
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作家の三浦綾子さんは7年ほど小学校の教師をしていました。 そのときの教え子にK子ちゃんという遅進児がいました。K子ちゃんは「からだ」を「かだら」といい、「うれしい」を「うでしい」と言いました。らりるれろとだぢづでどが、すっぽり入れ替わるのです。
字を覚えるのも遅く、九九も間違えてばかりいました。にこにこしてはいますが、4年生なのに1年生にしか見えませんでした。 K子ちゃんが5年生になるとき、三浦さんは結婚のために退職しました。
しかし、2ヵ月後に肺結核が発病し、療養所に入院しました。 その後何年か三浦さんは教え子たちに慰められ、励まされました。が、療養生活は13年間続きました。
11歳だった子ども達が24歳になるまで寝たわけですから、結婚した女の子も多く、他の地に転じた男の子もある、ということで、見舞ってくれる教え子たちの数も少なくなりました。
そんな中で終始変わらず見舞い状をくれたのは、あのK子ちゃんだったといいます。
K子ちゃんはある商店のお手伝いに住み込んでいて、休みをもらえず、見舞いにくることはできませんでしたが、手紙はよく書きました。
相変わらず、「おかだらをらいじにしてくらさい」 というようなたどたどしい手紙でしたが、それでも長い間には、いつのまにか漢字も少し書くようになりました。とはいっても、小学生のような手紙ではありましたが。
あるとき、三浦さんの母親が病気で倒れたのを知ると、彼女はひまをもらい、二日ほど手伝いにきてくれたことがありました。
三浦さんは書き綴ります。
「そして、その後も、たどたどしい手紙は、私の病気が治るまで続いた。
わたしは彼女の手紙を読みながら、いつも心を打たれ、そして教えられた。
『字はなんのためにあるか』と。
K子は級友のうちで一番成績が悪かった。字を一番覚えていなかった。
しかし、どの級友よりも彼女は数多く、私に見舞い状をくれた。
自分で知っているかぎりの字をかき集めるようにして書いた手紙をくれた。
彼女は字をたくさん知らなかった。
だが、『人はなんのために字を学ぶか』ということだけは、知っていたと、わたしは思った。
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ふくめんパトカーに・・・
2008年12月07日17:44 ミクシーの日記に書いたものから
ふくめんパトカーに
・・・捕まってしまいました。
みんな(特にK.coちゃん)から 「ぽーちゃん、早く車のライト直さないと、また捕まるよ・・・」って言われていた矢先でした。
夕べは、松本もんつさんのCDロンチのコンサートへ行った帰り、ともこちゃんをお家に送っていって、そこから家に戻る途中、だいたい夜中の12時半から40分ごろのことです。
夕べは、スチュアートに運転してもらっていました。 アンザックハイウェイに入ったところで、突然後ろに、青と赤のライトがフラッシュして、すぐに、「あ、やばい。。。警察。。。今度こそ。。。」と、覚悟しながら、車を止めました。
車から出てきたオフィサーは、私服警官で、制服は着ていませんでした。
その私服警官は、電燈を片手に、私の車のライトを照らして、 「これは、完全に半分がついていないので、走行中に、自転車やオートバイとの接触事故などに巻き込まれやすく、とても危険だ。 明日、すぐに修理するように」 と親切でしたが、厳しく警告されました。
罰金は幸いなことに、なし ということで、今日は午後に、スチュアートと車の部品屋さんに行って、私の車に合う電球を買ってきて、彼が直してくれました。
買い物に行って、直して、全部で1時間もかかりませんでした。
すぐにできることだったのに、、、おまわりさんに捕まるまで 何もしていなかった私。。。。
そして、お金がないからって言って言い訳けしてたのに、電球は たったの8ドル。プラス、ウィンカーの電球は1ドル80セント。 彼が直してくれたので、10ドル以内です。
『ふむ。。。』 彼にはとっても感謝。
自分には、とっても反省です。
思えば、だいたい1ヶ月前に、警察に車の登録のことで捕まったばかりでした・・・・><
ふくめんパトカーに
・・・捕まってしまいました。
みんな(特にK.coちゃん)から 「ぽーちゃん、早く車のライト直さないと、また捕まるよ・・・」って言われていた矢先でした。
夕べは、松本もんつさんのCDロンチのコンサートへ行った帰り、ともこちゃんをお家に送っていって、そこから家に戻る途中、だいたい夜中の12時半から40分ごろのことです。
夕べは、スチュアートに運転してもらっていました。 アンザックハイウェイに入ったところで、突然後ろに、青と赤のライトがフラッシュして、すぐに、「あ、やばい。。。警察。。。今度こそ。。。」と、覚悟しながら、車を止めました。
車から出てきたオフィサーは、私服警官で、制服は着ていませんでした。
その私服警官は、電燈を片手に、私の車のライトを照らして、 「これは、完全に半分がついていないので、走行中に、自転車やオートバイとの接触事故などに巻き込まれやすく、とても危険だ。 明日、すぐに修理するように」 と親切でしたが、厳しく警告されました。
罰金は幸いなことに、なし ということで、今日は午後に、スチュアートと車の部品屋さんに行って、私の車に合う電球を買ってきて、彼が直してくれました。
買い物に行って、直して、全部で1時間もかかりませんでした。
すぐにできることだったのに、、、おまわりさんに捕まるまで 何もしていなかった私。。。。
そして、お金がないからって言って言い訳けしてたのに、電球は たったの8ドル。プラス、ウィンカーの電球は1ドル80セント。 彼が直してくれたので、10ドル以内です。
『ふむ。。。』 彼にはとっても感謝。
自分には、とっても反省です。
思えば、だいたい1ヶ月前に、警察に車の登録のことで捕まったばかりでした・・・・><
泣く通訳
2008年11月22日23:53 ミクシーの日記に書いたものから
また泣きました
今度は。。。。 通訳してて、泣きました(笑い)
あははは、よくあるんです。
今日は、結婚式で・・・
日本からいらした新婦のお父様のスピーチを英語に直して、 挨拶のお手伝いをしていたときに、涙で声をつまらせました。
私は、新婦さんと血が繋がっている訳ではありません。
ただ、かなり感動しやすいので、今日もがまんしてたんですが。。。。(笑)
お父様の気持ちを考えると、自分も 父親のことを考えたり、つい感情移入してしまうんです。
さて、私が泣いたところは、こんな文書です。
~前略~ 「初めてA 君が娘と結婚の申し出に来ると聞かされたときは気持ちの 整理が出来ず、約束の時間に如何に遅れようかと言い訳を考えたも のでした。。。。」
これを、私が以下のように英語で言いました。
When I heard that A君 would come to ask our permission, to get married to 娘, I couldn’t think straight or organize my feelings properly. I even tried to make some excuses to delay going to the appointment.
途中で、私は、自然に声が詰まってしまいましたが、どうにか読み上げました。
すると、会場の人達も一斉に Ohhhh と、お父様の気持ちに同情した声が 漏れました。
夕べ英訳していた時から、すでにこの部分で泣けてしまって、これは 本番では気をつけないと。。。と思っていたのですが、 やっぱり駄目でした(笑)。
実は、今年の1月にも、結婚式での通訳を頼まれて、やはり同じように 、新婦のお父様のスピーチを訳して差し上げていたときに、泣きました。そのときは、 もっと泣いてしまって、会場のお客様がみ~んなもらい泣きをした、 ということがありました(^ー^)
そのときのカップルも今日来ていて、その話で盛り上がりました。
そしたら、その彼いわく、「僕の仲間が集まると、よく結婚式での君の話が 出るんだよ。。」って笑われてしまいました。
そしたら、今日初めてお会いする別のカップルがいて、彼らも、来月アデレードで結婚式をするということで、私に、 「京子さんの名刺をください。 私たちの時もお願いしたいので、あとで連絡しますね」 と言われました(^w^)
あらあら、私は、「泣く通訳、泣かせる通訳」で 有名になりそうですね(笑い)
また泣きました
今度は。。。。 通訳してて、泣きました(笑い)
あははは、よくあるんです。
今日は、結婚式で・・・
日本からいらした新婦のお父様のスピーチを英語に直して、 挨拶のお手伝いをしていたときに、涙で声をつまらせました。
私は、新婦さんと血が繋がっている訳ではありません。
ただ、かなり感動しやすいので、今日もがまんしてたんですが。。。。(笑)
お父様の気持ちを考えると、自分も 父親のことを考えたり、つい感情移入してしまうんです。
さて、私が泣いたところは、こんな文書です。
~前略~ 「初めてA 君が娘と結婚の申し出に来ると聞かされたときは気持ちの 整理が出来ず、約束の時間に如何に遅れようかと言い訳を考えたも のでした。。。。」
これを、私が以下のように英語で言いました。
When I heard that A君 would come to ask our permission, to get married to 娘, I couldn’t think straight or organize my feelings properly. I even tried to make some excuses to delay going to the appointment.
途中で、私は、自然に声が詰まってしまいましたが、どうにか読み上げました。
すると、会場の人達も一斉に Ohhhh と、お父様の気持ちに同情した声が 漏れました。
夕べ英訳していた時から、すでにこの部分で泣けてしまって、これは 本番では気をつけないと。。。と思っていたのですが、 やっぱり駄目でした(笑)。
実は、今年の1月にも、結婚式での通訳を頼まれて、やはり同じように 、新婦のお父様のスピーチを訳して差し上げていたときに、泣きました。そのときは、 もっと泣いてしまって、会場のお客様がみ~んなもらい泣きをした、 ということがありました(^ー^)
そのときのカップルも今日来ていて、その話で盛り上がりました。
そしたら、その彼いわく、「僕の仲間が集まると、よく結婚式での君の話が 出るんだよ。。」って笑われてしまいました。
そしたら、今日初めてお会いする別のカップルがいて、彼らも、来月アデレードで結婚式をするということで、私に、 「京子さんの名刺をください。 私たちの時もお願いしたいので、あとで連絡しますね」 と言われました(^w^)
あらあら、私は、「泣く通訳、泣かせる通訳」で 有名になりそうですね(笑い)
魔法の言葉と千年杉

2008年11月19日23:38 ミクシーの日記に書いたものから
魔法の言葉 *:.。.☆(^○^)
最近の私の魔法の言葉 「少しずつ、少しずつ」*:.。.☆
何か始めるとき、またはやっていて、疲れてきたとき、独り言のように唱えると、 なぜか、す~っとして、その物事にとりかかりやすくなるんです。
パートナーが、「え?なんて言ったの?」って聞いたので、 「少しずつ、少しずつ」ってまた言ったら、 彼もすっごい発音で(笑)、「Sukoshu zuk sukoshu」っとまねて言ってみてました。
そして 「どういう意味なの?」って聞かれたので、 「Litlle by little」 って言ったら、 彼は、『なるほど。。。』というような顔をして、 「そうなんだよね、その言葉は、物事を Less impossible (不可能を小さくする)にするんだよね。。。。」 と言って、自分でも肯いていました。
<Less impossible> ・・・「可能にする」って言い切らずに、「不可能さを少なくする」っていうところに、私は共感して、「あなたって、いいこと言うわよねえ、、、(笑)」と、うなっていました*:.。.☆(^○^) 。
すると、私のPCのスクリーンセーバーに、ちらっと現れてきた、ある一枚の写真。
私のふるさと、岩手県三陸町にある、千年杉の下で撮った写真です。
彼は、その写真を開いて・・・ 「見てごらん、この杉も、少しずつ少しずつ大きく成長してきたんだ。。。この木は、雨、風、雷に遇いながら、時には、虫や鳥にきずつけられながら、また時には、山火事や干ばつと戦いながら、それでも生きることを止めずに、<少しずつ少しずつ>成長して、千年も生きてきたんだよね。。。」 と言いました。
私は、思わず、『う~む』と、彼の言葉に、感動してしまいました*:.。.☆ *
この杉の老木は、確か、千年とも4千年とも言われていて、三陸町の、ある小さい小さい神社のご神木として、ひっそりと生きています。
魔法の言葉 *:.。.☆(^○^)
最近の私の魔法の言葉 「少しずつ、少しずつ」*:.。.☆
何か始めるとき、またはやっていて、疲れてきたとき、独り言のように唱えると、 なぜか、す~っとして、その物事にとりかかりやすくなるんです。
パートナーが、「え?なんて言ったの?」って聞いたので、 「少しずつ、少しずつ」ってまた言ったら、 彼もすっごい発音で(笑)、「Sukoshu zuk sukoshu」っとまねて言ってみてました。
そして 「どういう意味なの?」って聞かれたので、 「Litlle by little」 って言ったら、 彼は、『なるほど。。。』というような顔をして、 「そうなんだよね、その言葉は、物事を Less impossible (不可能を小さくする)にするんだよね。。。。」 と言って、自分でも肯いていました。
<Less impossible> ・・・「可能にする」って言い切らずに、「不可能さを少なくする」っていうところに、私は共感して、「あなたって、いいこと言うわよねえ、、、(笑)」と、うなっていました*:.。.☆(^○^) 。
すると、私のPCのスクリーンセーバーに、ちらっと現れてきた、ある一枚の写真。
私のふるさと、岩手県三陸町にある、千年杉の下で撮った写真です。
彼は、その写真を開いて・・・ 「見てごらん、この杉も、少しずつ少しずつ大きく成長してきたんだ。。。この木は、雨、風、雷に遇いながら、時には、虫や鳥にきずつけられながら、また時には、山火事や干ばつと戦いながら、それでも生きることを止めずに、<少しずつ少しずつ>成長して、千年も生きてきたんだよね。。。」 と言いました。
私は、思わず、『う~む』と、彼の言葉に、感動してしまいました*:.。.☆ *
この杉の老木は、確か、千年とも4千年とも言われていて、三陸町の、ある小さい小さい神社のご神木として、ひっそりと生きています。
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